ペルー・バランカにて小さなお菓子屋さんを始めました。


by apple142
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カテゴリ:ペルーでの休日( 63 )

ペルー旅行<プーノ>

チチカカ湖ツアーは午後の4時ごろにプーノ港に着いて終了。
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夕食まで時間があるのでプーノの町をブラブラ。
プーノはあんがい都会。
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旅も1週間を過ぎ、靴も汚れきっていたので靴磨きの少年に磨いてもらうことに。
母達は料金の他にもサインペンやミニタオルなどをお土産に持ってきてあげたりしていたので、この繁華街ではちょっとした人気者に。
母達の後ろにはいつも少年や物売りのオバサンがゾロゾロ・・・・。
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自転車タクシーにも乗ってみた。
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民族舞踊の学校。
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夕飯は中華に。
美味しかったけどこの量にびっくり。
半分も食べられなかったので、貧しい人の夕食用にお土産にしてもらった。
けっきょくまたあの靴磨き少年にあげるはめになったのだけど、「ワオーッ」って言ってすっごく喜んでた。
私はこういう子供達には本当にうんざりしているし(だって数が多すぎて要求する人みんなに恵んでいたらお金なんていくらあってもたりないから)、お腹が空いているのでパンを買うお金を頂戴と言われて素直にあげたら、そのあとゲームしてるの見たりして嫌な思いをしたことも何度もあるので無関心に通りすぎているけど、母達にしてみれば子供なのに働かなくちゃいけないこんな貧しさ見るのは初めてだもんね。
やさしくしたくなっちゃうよね・・・。
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ホテルに戻る途中、何かの式典に出会った。
プーノの町、タキーレ島、アマンタニ島、それぞれ衣装がぜんぜん違うのが印象的。
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あー、明日はもうリマに戻るんだな、と思ったら離れがたくて、でも子供達や旦那には早くあいたくて複雑な心境。
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by apple142 | 2006-06-30 12:24 | ペルーでの休日
アマンタニ島から約1時間、タキーレ島。
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到着した船着場から山を登って約1時間くらいのトレッキングをして頂上のプラサで昼食、反対側へ降りて裏手の船着場へ行く、というコース。
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ここまでの船も結構揺れたし、とても歩ける自信がなかった母とペルさん、でも信じられないくらい美しい風景に押されてがんばってみることに。
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普通は45分から1時間くらいで頂上まで行くところを私達3人だけはたぶん2時間以上かかったと思う。
その間、本当に親切にしてくれたガイドのアレハンドロ氏。
もう頂上に着いてるはずの他の若者達(私達以外はみんなかなり若かった)のことを気にすることもなくずっと付き合ってくれて本当に感謝。
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たまにお腹や高山病にきくというハーブをとってきてくれたりする気配りも。
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帽子やスカートの柄は島によって違うそう。
この人の帽子はタキーレの帽子とは違うのでよその島の人なのだそう。
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頂上のプラサ・デ・アルマス広場。
人々は静かで穏やかな雰囲気。
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クスコは行ったことがあるけど、プーノ(チチカカ湖)は行ったことがないというペルー人は結構多いと思う。
うちの旦那も旦那のお兄さんや妹もそう。
でも、チチカカ湖は一見の価値あり。

チチカカ湖には、「インカの初代皇帝がこの湖に現れて太陽の島に降り立った・・・・」、という伝説が残っているそうだけど、そんな伝説もあっさりと信じられるほど空に近い湖だ。

まずは日本からペルーへ、リマからクスコを経てプーノに、プーノからボートでこの島に・・・。日本からは本当に本当に遠いところだけど、苦労した人にしか味わえない素晴らしさってのがまたいい。
世界でも数少ない「秘境」の類だと思う。
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by apple142 | 2006-06-30 11:53 | ペルーでの休日
チチカカ湖にある島を巡り、その一つに1泊するというツアーに参加した。
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まずはプーノの船着場から一番近い島「ウロス島」。
ウロス島は島が「トトラ」と呼ばれる葦でできている。
やっぱりちょっと歩くとふわふわしてる。
火を使って料理したりしていたり、けっこう普通に生活していてびっくり。
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母がお土産に日本から持っていった紙風船、けっこう喜んでいた。
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トトラで島を作って、トトラのお家で、トトラを食べたりもする。
みんなで試食してるところ。
たべられなくはないけど、美味しくもない。
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船もトトラで。
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トトラの船で近くのトトラの島へ移動。
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「カミサラキ島」。ここはけっこう大きな島で、お店もあれば電話もトイレもあった。
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トトラで作った小さな部屋にマットレスがあるだけのホテルは1泊10ソル。
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トトラの島を後にしてモーターボートで約3時間半くらいのところにある「アマンタニ島」。
私達が泊まった島。
島にはホテルはなくて普通の民家に泊めてもらう。


私達が泊まった家と部屋。
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ホストファミリー。
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着いてすぐにお母さんとその娘さんがお昼ご飯を用意してくれた。
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クスコより更に高い標高と、船がひどく揺れたせいもあってペルさんが絶不調。
母もあまり調子がよくない様子。
質素な食事だったけど、スープは体にしみ込む温かさで体にもやさしいかんじ。
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玉ねぎとジャガイモの炒め煮みたいな物、これは元気だった私だけがいただいた。
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少し休んだ後、島内を散策しながら夕焼けを見に行くというが、母とペルさんは半死状態。私はなんとかがんばって参加。
とにかく坂がきつくて港から家にたどり着くのもやっとだったのに、夕焼けポイントははるか上、かなり無理して登った割には夕焼けは雲にさえぎられていまいち・・・・・。
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スープのみの夕食後、島の人たちがパーティーを開いてくれるというので衣装を着せてもらって参加、
のはずが、やっぱり坂がきつくて登りきれなかった母。
記念撮影のみ。
案外似合ってるじゃない?
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「アマンタニ島」の人々はサービス精神が旺盛で人柄も明るい。
翌日に観光した「タキーレ島」はそんなに離れてないのに島民性がぜんぜん違っていておとなしくて静かな人たち、という印象。
少し踊っただけですぐにハァハァしてしまうので楽しかったけど早々に引き上げた。
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アマンタニ島の朝の風景。
とても美しい朝だった。
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ここで朝日を見ながら顔を洗ったり歯を磨いたり。
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チチカカ湖のこんな何もない島に泊まるなんて二度とない経験。
さえぎるものが何もないのでまぶしすぎる太陽と、電灯や家の明かりがないので夜の月明かりがめちゃくちゃ明るかったのが印象的。
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次回は私が今回の旅で「一番美しい」と思ったタキーレ島です。
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by apple142 | 2006-06-29 16:25 | ペルーでの休日
憧れの高原列車でクスコからプーノへと。
とっても素敵で豪華な列車なのだけど、ペルー人は乗れないのだとか。
そういえば、列車に乗るときパスポート見せた。
私達4人家族で旅行したとしたら旦那はどうなっちゃうんだろうか・・・?

今日も母は元気。
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母親は基本的にはこういうラグジュアリーな旅が好きな人なので、この日は超ご機嫌。
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そういう私も・・・・。
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母はペルーのこういう景色が大嫌いなので、発車後1時間くらいは朝日がまぶしかったこともあってカーテンを閉めっぱなし。e0086273_10361844.jpg




その間、列車内を探検したり本を読んだり・・・。

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展望車は景色もよく、爽やかな風がとても気持ちが良い。
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トイレもすごくきれい。
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だんだんと高原の景色に変わってきたので展望車に行って風景を楽しんでいたら、
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このおじさんが何かの儀式か御まじないみたいなものを始めた。
あまりよく聞き取れなかったけど、「クスコよありがとう」「プーノよ、ありがとう」「サクサイワマン、ありがとう」とかいろいろ言っていた。
そのあと、ゴニョゴニョいいながらうやうやしくコカの葉っぱを燃やして終了。
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儀式のあとはすごい甲高い声の女の人がすごく楽しそうに歌を歌って、乗客といっしょに踊ったりした。
母とぺるさんも輪になって踊った。
私はビデオ撮影。
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そうこうしているうちに、列車はラ・ラヤ峠(4335m)という最も標高の高いところにやってきた。
列車が少し停まってくれるので外へ出たけれど、さすがに空気が薄くて頭がクラクラして呼吸も困難だった。
でも景色は最高、空気も澄み切っていて空の青さが下の町とは全然違う。
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再度列車が走り出してからすごに昼食が運ばれてきた。

私達が選んだ前菜は、アルパカのたたき。
アルパカはそんなにくせもなく、バルサミコソースで美味しくいただいた。
クイはダメな母もアルパカはOK!
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メインは鶏肉のクリームソースがけ。

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デザートはバニラムースにパッションフルーツのソース。

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最後にコーヒー。もちろん完食!
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食後はほとんどの人が気持ちよさそうにシエスタ。
私は母に頼んで持ってきてもらった「ダ・ヴィンチコード」(上)を一気に読み上げたあと、少しだけ寝た。

そろそろ人々が起き出した頃、今度はフォルクローレの演奏。

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その後、アルパカのファッションショー。

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午前中に列車内で買った、インカ兵の絵柄のトランプで占いをしたりしてのんびり過ごしていると、
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「フリアカ」に着いた。
フリアカはプーノから1時間くらいのところにある空港もある大きな町。
ここもまたちょっと変わったところで、電車が通らないときは線路の上はお店が広げられているらしい。
帰りに行ったフリアカの空港でも飛行機のすぐ近くをフツーのおじいさんが孫と一緒に自転車に乗ってのんびり走ってたし、危険意識がないな、ここらへんの人は。
ガイドブックなどによると、フリアカでは45分から1時間くらい停車時間があるということだったが、ダイヤが改正されたようで停車はほんの数分だったのでよかった。
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フリアカを過ぎるとアフタヌーンティー。
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食べ終わったころに、夕日に染まるチチカカ湖が見えてきて約11時間の列車の旅も終わりに近づいてきた。
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夜7時プーノ無事到着。
11時間も乗っていたとは思えないほど快適。
イギリスやその他ヨーロッパなどでこんなかんじの列車の旅なんて高くてとてもできそうにないけれど、ペルーなら約120ドルで可能!
バスよりも絶対にお勧め(バスはもっと安くて8時間くらいでプーノまで行けるみたいだけど)。
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by apple142 | 2006-06-27 12:15 | ペルーでの休日
マチュピチュを堪能したあと、バスでアグアスカリエンテス駅まで降りてきた。
列車の時間まで少し時間があったので駅周辺をぶらぶらした。
少しお腹もすいていたのでアイスクリーム1ソル(35円)と、
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ピカロン(2ソル)、鳥のから揚げなどなどを露天で食べた。
これが母達には意外と好評でレストランなんかで食べるものより気に入っていたみたい。
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帰りの列車の中では、民族踊りのショーや、
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アルパカセーターのファッションショーが行われたりした。
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クスコまでは約3時間半かかるのでつく頃には外も暗くなっていてクスコの夜景が素晴らしく美しかった。
「きれいだなー」と思って窓の外を見ていたら、急に電気が消されて「コンドルは飛んでゆく」が車内に流れてきた。
高い金額を払っているだけあって様々な演出で乗客をあきさせない。
ちなみにPERURAILはイギリス資本の会社。

一日ぶりにクスコに戻ってきたけれど、体はもうすでに順応しているので全然平気。
フォルクローレの聞けるレストランを探してしばし歩いて行き着いたところはホテルの真横の店。
閉店間際だったけどもう少し歌を聞かせてくれるようにお願いしたら気持ちよくリクエストに答えてくれた。
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ロモサルタード、アヒデガッジーナ、チチャロンデチャンチョを注文。
味は普通。
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とっても楽しい夜だった。
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by apple142 | 2006-06-25 15:31 | ペルーでの休日
朝の8時半にホテルを出て、マチュピチュ行きのバス停へ。

バスは何台も停まっていたけど満席になるまで待たなければいけなくて30分くらい待った後に出発。
くねくねした山道を30分くらい登って10時前にマチュピチュに着いた。
バスは往復13ドルですごく高い。


マチュピチュの入り口。
列車で大勢の観光客が来るのは10時半過ぎなのでまだすいていてよかった。
入り口でチケットを買うにもお釣りがないとか、いろいろと結構時間がかかるので。
でも、ここのチケットはあらかじめクスコでも買えるそうなので買っておいてもよし。
値段は外国人は80ソル。
ペルー人、もしくはペルー在住者は40ソルなので身分証明書やレジデンスカードを忘れないように。
あと、ドルでの支払いができないので注意。
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入り口を入るとよく見かけるこの風景が目の前に。
もっと迫力があって、思っていたより神秘的。
右奥に見えるのが「ワイナピチュ」。
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ワイナピチュの入り口。
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「マチュピチュ」とは「老いた峰」、「ワイナピチュ」は「若い峰」と言う意味。
このワイナピチュに登るのには個人差もあるけれどだいたい1時間半から2時間かかるらしい。
登るのは相当大変らしいし、けが人も何人も出ているそう。
でもここからのマチュピチュの眺めが最高に美しいということもあって当初は私達も登る予定でいたが、これまでの状況をみてもそれが絶対に不可能なことは明確だった。


ガイドブックではないのでそれぞれの遺跡の詳しい説明は省略するとしても、それぞれが非常によく考えてつくられていること、そしてこんな上にこれだけのものを作ったなんて、インカの人たちは本当に頭が良くて、そして本当に働き者だったなーと感心するばかりだ。
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特にこういった窓系は非常によく計算しつくされていて、何月何日何時にここに窓に太陽が差し込むように、とできている。
そのほか日時計などもワイナピチュや、対岸の山とを結んだ対角線によって正確な時を知らせていたのには感心した。
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ミイラの安置所
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コンドルの神殿
インカではコンドルはとても神聖な生き物として祭られていたそうで、リャマの肉や血を捧げていたという。
帰りの電車の中で何気なくガイドブックを読んでたらそう聞いた私の説明とは全然違うことが書いてあって、牢獄だとされていた。
ちょっと私のスペイン語力のなさに自身をなくしたが、マチュピチュだけでなく古い遺跡にはいろいろな説があるもの。
自分の中に自分なりのインカの世界を創造して歩けばもっとマチュピチュを楽しめると思う。
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実は母は動物が大の苦手なのですごく顔が引きつってる。
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インカでも食べられていた「カラワサ」という瓜みたいな食べ物。
そのほか段々畑でジャガイモなどを作り食べていたそう。
肉はほとんど食べないがリャマは食べたそう。
クイはとっても特別な時にのみ食べたごちそう。
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「グッバイボーイ」
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いましたよ、グッバイボーイ。健在でした。
バスがつづら折の道路を降りていく時に、道のない山を駆け下りて早回り、曲がり角に現れて甲高い可愛い声で「グッバーーーーイ」と叫ぶ。
これを繰り返してバスよりも早く下についていて、バスに乗り込んできてチップを要求。
これが本当に本当に可愛くて可愛くてチップなんていくらでもあげたくなってしまう。
遠慮しないで5ソルほど持っていきなよ、って言いたくなるほど本当にかわいいの。

でも最近では学校で勉強もしないでそんなことばかりしていてはいけないということで「グッバイボーイ」が禁止になったと言う話を聞いていた。
また私達があげるチップ、私達にとってはわずかなものでもバスには50人以上が乗っているし、それを一日何回か繰り返したら子供なのにすごい稼ぎ!
それで彼らの両親がまったくの怠け者になって働くなったりお金がらみでのトラブルに発展したりするそう。
いろんな意味で弊害があるのを聞いていたので「もう見れないかな」と思っていたのに彼が現れて本当にうれしかった。
勉強もがんばろうね!
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by apple142 | 2006-06-25 07:27 | ペルーでの休日
最悪だった母の体調も良くなって予定通り「valle sagrado」のツアーに出かけることができた。

valle sagradoとは日本語で言うと「聖なる谷」、6000メートル級の山間にインカ帝国時代の遺跡や村などが残されている。

そこをバスでぐるっと巡るツアー。

クスコから約32キロ、1時間くらい走ったところにあるのが「チンチェーロ」。
ここはチンチョーロの村より少し手前の見晴らしのよいところ。
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空気がすごく薄かったのでたぶんここはクスコより標高が高いんだと思う。
母が心配だったけどお店が出ていたので急に元気に。
母&ペルさんは本当に買い物好き。
私は初めて知ったのだけど、静岡県民って日本一買い物好きな県民だそう。
しこたま買い込んだ後にはいつも「静岡県民だからしかたがないね~」と。
こんなところ観光客しかこないし、絶対高いって思ったけど、今から思えばそんなに高くなくてまあ安い方だったかも。



チンチェーロは田園風景の美しい、静かな静かな村。
インカの時代から何も変わっていないかのような雰囲気。
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チンチェーロはかつてのインカ帝国の重要な城があったところだけど、今は基底部だけが残っているだけ。
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チュウニョはジャガイモの一種。それを乾燥させているおばさん。
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もう疲れて遺跡の見学はできないと途中で休んでいた二人、教会のそばの小さな広場に市がたっていたので呼びに行ったらいない。
どこ行ったかなと思ったらもうしっかり買い物してた。
しかも高山病にいいという花をもらったからといってそのオバサンのところで何か買ってあげないと悪いからとか言ってるし・・・・。



大きな袋を抱えてチンチェーロを後にして、絶景の谷の風景を楽しみながら約1時間くらい、ウルバンバという町。
ここは標高約2800メートルとクスコに比べると560メートルも標高が低いこともあって、昨日がうそのように気分が良かった。
今回は日程的に無理だったのだけど、リマからクスコの空港についたらそのままバスで標高の低いこのあたりの村に1泊するというコースだと体力的には非常に楽だと思う。


ウルバンバは年間を通して暖かく標高も低いのでクスコ市民の保養地。
村にはオープンエアーの広いレストランが何件もあってそのうちの一つで昼食を。
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ビュッフェ形式だったので、キヌア入りスープと、サラダ、牛肉の煮込み「セコ」などなどけっこういろいろ食べた。
デザートに「マサモーラモラーダ」があったので母に勧めてみたけどあまり好きでなかったみたい。
だいたい母は甘いものを食べないのでもうその時点でペルーのデザートなんてすべてアウトだ。



ウルバンバから30,40分くらいのところにある「オジャンタイタンボ」。
ここはインカ時代の宿とか要塞後などと言われているらしい。

この急な斜面に段々畑の作られていて、脇の階段300段を登って頂上につくと広場が。
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広場には6個の巨石が。
何のための建造物なのかよく分からないけど、ただ普通に登ってくるだけで眼下にめがくらみ、胸ははちきれそうだったのにこんなに大きな石をここまで運んできたことが信じられない。
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頂上から対岸の山を見るとそこにも小さな建物や何かの跡がいろいろあった。
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ツアーはこの後ピサックという村を訪ねて夕方クスコに戻るというものだけど、私達はここオジャンタイタンボでツアーを抜けて、ここから列車に乗ってアグアスカリエンテスに行った。
3時の列車の時間が迫っていたのでガイドなしでとりあえづ私だけが頂上まで急いで登ったのでいろいろな説明が聞けなくて残念だった。
もちろん母とペルさんは下で休憩。
インカトレッキングを希望していた二人だけど、予約がいっぱいで申し込めなった。
本当に予約が取れなくてよかった。
ペルさんは4年前にペルーに来たときはもっともっと元気に歩けたのに4年という歳月の重みを痛感したそう。
母は日本ではしばしば近くの山に登ったりとトレッキングを楽しんでいるし、昨年はマッターホルンを観光したけど全然大丈夫だったらしい。
恐るべしペルー。

オジャンタイタンボの駅近く。
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列車はビスタドームといって景色が良く見えるように天井にも窓があって、軽食のサービスもあり快適。
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約1時間半語に「アグアスカリエンテス」に到着。
ここアグアスカリエンテスは日本のツアーではあまり宿泊地に選ばれていないけど、案外いいところで欧米人の観光客がいっぱい。
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ここからマチュピチュへはバスで約30分くらいで行ける。
当初、二人が「ワイナピチュ」というマチュピチュの対岸にある山に登りたいと言っていたので少しでも早くマチュピチュに着くためにここで1泊するようにした(もちろん登らなかったけど)。
クスコからだと一番早くても朝の5時ごろの列車に乗って10時ごろにマチュピチュに着く。
帰りは3時の列車に乗ってクスコに帰らなければいけないのでマチュピチュの見学時間が非常に短くなってしまう。
アグアスカリエンテスからは朝の6時頃からバスが出ているので人でいっぱいになる前に遺跡の見学ができる。
ここの標高はクスコに比べて1500メートルも低くて本当に快適。
いろんな意味でアグアスカリエンテスはお勧め。

ここはちょっと変わった町で、線路の脇というか以前はホームだったところにレストランやお店があったり、
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線路に直接入って作業をする人たちもいるし、線路が普通の道のような扱い。
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これで電車がまったく通ってないのなら問題はないのだけど、頻繁ではないにしろたまに通ったりするから怖い。

こんな町、きっと他にはないだろうな。
レストランやお土産屋サンもかなり充実していてすごく楽しく過ごした。


翌日はいよいよマチュピチュ。
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by apple142 | 2006-06-24 16:37 | ペルーでの休日
2週間のバカンスも終わり、母親達も無事に帰国。

私もまたいつもと同じ日常に戻り、楽しかった旅を思い出す日々。





母と母の友達でペルー、というか南米大好き人間の「ペルちゃん」が2週間前にペルーにやってきた。

私(というより旦那)が頼んだ品物を運ぶのがすごく不安だった母、旅行前から税関チェックの心配ばかりしていたそうでかわいそうなことをしてしまった。

旦那が頼んだのは、車の鉄製部品2点、電動肩たたき機、MP3プレーヤー、カーステレオ、あと私がお願いしたレオ用の電気鉛筆削り。

やっぱり最後にペルーを出るときにちょっと引っかかったみたいだけど、スペイン語が堪能な「ペルさん」のおかげで何とか無事に通せ一安心。

ペルーに来るのにはどうしても飛行機の乗換えが必要なので母が一人でここまで来るのは不可能。母の兄弟はみな旅行好きだけど、やはり年齢が似たり寄ったりなので旅のお供には不適切。

ペルーが大好きでしかも若くてスペイン語も話せるという友達がいたからこそ今回の旅行が実現。

よく行く喫茶店で知り合った、というけど別に南米色のある喫茶店でもないのによくも偶然「ペルー好き」な人がいたもんだ。

彼女は美人で明るくて好奇心満々で親切で超ポジティブ思考。
そんな人柄のおかげで初めて会ったにもかかわらず2週間の旅行も楽しく過ごせ、また母が日本でよい人達に囲まれて楽しく過ごしていることも伺えとても安心。
今は姉家族もベルギーに赴任中で近くに誰もいないので。





母もペルさんもペルーは2度目なのでリマ観光は省略して、子供達がゲームセンターで遊びたいというのJYOKEY PLAZAに行き旦那が子供達と遊んでる間に私達はショッピングを楽しみ、
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その後LARCO MARという海岸沿いのショッピングセンターに行き食事をして、翌日は朝の6時には出ないといけないので早めにホテルに。





翌日は朝8時の飛行機でクスコに発ち、9時ごろに到着。
空港はこじんまりとしていてトップシーズンのわりには人も少ない。

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高山病の兆候は高地についてすぐに出るわけではなくて、数時間たってから現れるものだとペルさんから聞いたので何となく頭が痛いのはたぶん気のせい、というか「クスコ=高山病」とインプットしすぎて想像高山病みたいなかんじ。


ホテルはROIYAL INKA HOTELという3つ星のホテル。

町の中心にあるコロニアル風の可愛いホテル。
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ロビーには高山病予防のコカ茶が常備されていて自由に飲める。
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清潔でお湯もしっかり出るしサービスもよかった。

お部屋は1階にお風呂やソファーがあってロフトにベットというタイプ。

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翌日に乗る列車のチケットを買いにPERU RAILのオフィスに行った後、少し市内観光を、と思ったけれど母の調子がすごく悪くなってしまったのでホテルへ戻ることに。

旦那が事前にこの日の午後の市内観光ツアーを申し込むべき、といっていたけど私はたぶん無理だと思って何も予定を入れてなかったので本当によかった。

ホテルに着くまでも大変だったけどホテルに着いてからも階段が上がれなくて1段登っては休んで・・・・の繰り返し。

これじゃあ3階の私達の部屋まで行って更にベットのあるロフトまで登るなんて絶対に無理。

フロントに行って下の階でロフトでない部屋に変えてもらってなんとかベットで休むことができた。

私達も最悪ではないにしろあまりよい気分ではなかったので夕飯も食べず観光もしないでひたすらホテルで休んでた。

写真はまだ母が最悪になる前にちょっと撮ったもの。

写真を撮っただけでどこも見学してない。

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アルマス広場の周辺をちょっとうろうろしただけだけど、クスコはリマなんかと違ってかなり英語が通じる。

物売りの子供やオバサンもすごい変な発音の英語で話しかけてくる。

CAFEみたいなのがすごく多くてサンドイッチとかパスタとかそんなのばかり。

パッケージツアーでペルーをぐるーっと回っても世界遺産は堪能できるけどペルーの人の暮らしは全然見えてこないだろうな、と思った。

もっとちゃんといろいろ見れば印象も変わる筈なので次の機会(あると思いたい)のお楽しみというところだな。




この日は「この後どうなっちゃうんだろう・・・」って本当に心配したけどここでしっかり休んだおかげで翌日からは元気に旅行が続けられた。

今後、ペルー旅行をする人のために、

私はクスコで部屋を選ぶときに部屋の日当たりがよくてお湯の出具合のよい部屋をリクエストしたのだけど、クスコのホテルでは「1階の部屋」をリクエストすることをお勧めします!


翌日からは「聖なる谷」のツアー、そしてマチュピチュ、プーノと続きます。

その様子はまた明日。
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by apple142 | 2006-06-22 19:27 | ペルーでの休日
先日、義父の70歳の誕生日パーティーをした。

最初はマリアッチをよんだパーティーを予定していたのだけど、ここのところ義母の体調があまりよくないので(また?)義父はパーティなんてやらなくてもいいというし、義母はやりたいけどどうしようかな?と思ったり前日までパーティーをやる、やらないで二人はもめていてたのでマリアッチは呼べなくなってしまった。

で、今回は「パチャマンカ」パーティーになった。

パチャマンカには「石」で作るタイプとお鍋でつくるタイプがあるけど今回は石焼、ぐっと本格的。
まずは石を積んで、
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石を焼く。
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バナナの葉っぱを敷いて、
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そこに焼けた石と肉や野菜を入れてバナナの皮でふたをする。
(何かの用事で家に戻っている間にすっかり入れ終わってた・・・。)

上から砂をかけて1時間蒸し焼きにする。
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踊ったり飲んだりして待つこと1時間、
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のはずなのに、みんな忘れちゃったのかな?2時間後。
砂山を崩して、
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砂よけのビニールとバナナの葉を取ると、
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バナナの葉っぱのいい香りと湯気がいっぱい、
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一番上はとうもろこし、えんどう豆、
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その下にジャガイモと鶏肉、豚肉、
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一番下はカモテと羊の肉。
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本当は1時間の所を1時間45分も調理してしまったのでお肉もかなり柔らかく見た目はあまりきれいではないけどかなり美味しかった!
本当にお肉がとろけるような柔らかさだったのでエリカもガンガンいっちゃってました。
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パチャマンカを食べた後は引き続き飲んだり踊ったりして、夜の10時ごろに誕生日の歌を歌ってケーキを切って食べた。
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下はレオとエリカが義父にプレゼントした物。
なんか案外上手にできて義父も喜んでいたのでこれからは子供達も手作りの何かをプレゼントすることを習慣付けようと思う。
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金曜から泊まっていたたくさんの親戚の人たちも今朝帰り、ちょっと寂しいけれど落ち着いた日常に戻ってホッとして日記もようやく更新できました。
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by apple142 | 2006-05-09 14:49 | ペルーでの休日
長々と書いてきたけど今回が最終回。

この日記を見て、うちの母親がぜひワラスでいっしょにトレッキングをしてみたいといって6月か7月頃にペルーに来るかもしれないことになった。

わーい、一生懸命書いてよかった!!

ワラスで買ったアンデスの高山植物の本を今日から少しずつ翻訳していこう。うちの母親は山に登りながら花の写真を撮るのが趣味でデジカメもすごくいいやつ使ってるし。


さて、日曜は本来ならば帰省の日だったのだけど、義母の両親の残した土地を兄弟達で相続する手続きがまだ終わってないので月曜まで帰れないことになった。

だいたい木曜から日曜までが祭日って分かっているのだから弁護士だって仕事は休み。一日早く出発するか、最初から月曜までの予定と言ってくれればいいのに・・・。
もう荷物も全部つめて帰るばっかりで待ってたら「明日になった」って義母から電話がかかってきた。

もともと予定になかった日なので従姉妹の家で朝からのんびりと。

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その後叔父さんの家に。

この家でも七面鳥飼ってた。
ペルーで七面鳥を家で飼うのって一般的なのかしら??
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小鳥はまあ普通だからいいとしても、
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ふくろうは普通家では飼わないよね・・・・。怖かったし。
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その後、別の従姉妹がやっているイタリア料理のお店に行ってお茶を飲んで、叔母さんの家でのんびりと過ごした。
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イタリア料理のお店は「ピッコロ」といって日本のガイドブックにも載っている有名なお店。
お店の雰囲気もいいし料理もすごくおいしい。

ここは私達がお世話になった従姉妹のお店「le bistro」。
ここは窓から見える景色がすごくきれい。
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月曜は帰る前に町の中心の広場の展望台で写真を撮って、
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その後、従姉妹の子供が学校の昼食時間にお腹がすいていないのでカフェテリアに行かないといって教室に残っていたら先生が強引に洋服を引っ張って連れて行こうとした事件が休み前にあったということで学校まで文句をいいに行くのに付き合った。

彼女達が通う学校はカナダ資本の金の採掘会社の人たちが住む町の中にある。
ここはペルーの中の外国ってかんじでちょっと雰囲気が他とは違う。
この金の採れる山はフジモリ前大統領がカナダの会社に50年契約で採掘権を売ってしまったので、この件についてはペルー人からはすごい批判されているらしい。
社宅はもちちろんこの会社の人たちしか住めないけど学校は誰でも入学できる。
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家から40分くらいかかるしけっこう高い所にあるもで通学は大変かもしれないけど景色はすごくいい。

子供達の写真を撮るのに一生懸命で後から見たら自分がきれいな景色のところで撮った写真なんてこれくらいしかなかった。
右後ろが学校。
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午後3時半くらいにワラスを出発して7時半についた。

私がレオの宿題のノートを持っていくのを忘れたので眠い、疲れたと言っているのに宿題をやらせてちょっとかわいそうなことをしてしまった。
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by apple142 | 2006-04-24 14:02 | ペルーでの休日